トロントに来てから半年ほどたった秋風の気持ちいいい穏やかな休日。
夕方の友達との約束まで、紅葉の始まった街の風景を写真に収めておこうとカメラ持参で繰り出した。
Pape駅からスタートし、Broadview駅まで通ったことのない裏道などをぶらぶら・・・。
その後、地下鉄でBathurst駅まで行き、馴染みの中古CD屋でCDを数枚買った後、Bloor.st.沿いを東へ散策し続けていた。
天気が良いからか人通りは多かった。タイミングを計りながら被写体であるクラブモナコ本店にピントを合わせようと操作に集中した瞬間、鈍い音が聞こえたのと同時に体にすごい重みを感じ、気がついた時には地面に倒れていた。
「イタタタ・・・。」
ヒリヒリする口元を手で触ると血がついている。さっき買ったばかりのCDは、ケースにヒビが入っていた。
一体何が起こったのか。動揺の真っただ中、ふと視界に2人の男が倒れているのが映った。
肌が浅黒く、ドレッドヘアの中東系の男と、白髪の混じった体格のいい白人のおじさんだ。
2人が知り合いでないことは一瞬でわかった。
私が呆然としていると、白人のおじさんが背中をさすりながら起き上がり、事の一部始終を説明をしてくれた。
どうやら様子のあやしいドレッドヘアの男が、私に近づこうとしているところをおじさんが助けようと追っかけたが、間に合わなくて3人共々転倒してしまった、というわけらしい。
おじさんは、ふてくされているドレッドヘアに対してあーだこーだと説教をしている。私には警察を呼んだほうがいいと促してくれたが、正直逆恨みされるのが怖かった私は、「軽症ですんだし、もう大丈夫です。」とお礼を言った。
おじさんは不満気だったが、とにかく謝れと奴に迫ると、その男は目もあわせずペコっと頭を下げたと同時に、足早に去って行った。
と同時に、どこかで様子を見ていたらしい若い女性が、「私すぐ近くのピザ屋でバイトしているの。これから出勤なんだけど休んでいかない?」と声をかけてきた。
おじさんに「それが良い良い」と見送られ、再度深々とお礼を告げ、戸惑いつつも一緒にバイト先の店へ向かった。
椅子に座るとようやく冷静さを取り戻す。彼女に「ピザごちそうするわよ。」と言われたが、さすがに食欲はなかったのでコーヒーだけいただくことに。
彼女に「トロントは観光?いつ来たの?」と聞かれ、「半年位前」と答えると、えらくびっくりされた。
私だってびっくりだ。まさかこんなタイミングでスリに遭うとは・・・しかも日中の人通りの多い場所で。
「トロントはどう?」とすかさず聞かれ、「とても好きだよ」と答えると、ほっとした顔で「お願いだから、今日のことでトロントを嫌いにならないでね」と言われた。
もちろん、こんなこと簡単に相殺してお釣りががっぽがっぽ来るくらい、トロントでは楽しく過ごしてきた。
ある意味こんなことがなければ、さっきのおじさんや彼女のような素敵な人にも出会えなかった。
しばらく他愛もない話をした後、何度もお礼を言って店を後にした。
夕方。負傷した私を見た友達は、さすがに皆驚いたようだ。事情を話すと、カナダ人の友達は「絶対に許せない」と憤慨していた。
確かに痛い思いはした。でも大した被害ではなかったし、むしろ人の温かさをしみじみと感じた一日だった。