トロントの冬は、寒いのが大の苦手な私にとって半端なく辛かった。
外に出ると、「シャラリーン、チロリロチーン♪」と音をたてながら、鼻息が凍るのだ。
寒さをしのぐには、何枚も重ね着をするより皮膚を隠すのが有効らしく、街のいたる所で犯罪者のような顔面マスクをかぶる子供たちを見かけるようになった。
でもそれは、あくまでも外での話。
家の中はセントラルヒーティングのため一日中快適で、日本の冬のように「お風呂に入るのが億劫で・・・」とか、「まだ布団に入っていたぁーい」などと思うことはまずなかった。
おかげでついつい引きこもりがちになった私は、友達の家に入り浸ってはレンタルビデオを観たり、コインの入った袋を持ち寄り、賭けトランプに高じる日々が続いた。
そんなある日のこと。
友人が集まる部屋に置いてあるキーボードをさりげなく弾く友達を見て、無性に自分も楽器がやりたくなった。
当時ラテン音楽にはまっていた私の頭に浮かんだのはクラシックギター。
そして常に「思い立ったが吉日」の私は、翌日の仕事の後に楽器屋へ直行し、100ドルの格安クラシックギターと、無謀にもジプシーキングスの楽譜を購入した。
どうせやるなら好きな曲がいいと思ったのだ。
早速家で楽譜を開いた私は、しばらくの間かたまっていた。
小さい頃ピアノを習っていたので、楽譜を読む多少の知識はある。姉からエレキギターの基礎の基礎の基礎くらいなら教わった。
でも弦をどの指でどう押さえていいものなのか、さっぱりわからないのだ。
もちろん当時はyoutube先生など存在していない。
結局1小節も弾くことができないまま、その日はむなしく終わった。
数日後、落ち込んでいる私を見ていた友達からの朗報があった。
彼女のバイト先のレストランでたまたま話しかけた客が、ギターを教えてくれるというのだ(!)
音楽系の高校でギターを専攻しているという日本人の彼は、自分とは10歳年下の高校生。
でも高校から海外にいると色々な経験を積むのだろうか。どこか世の中を悟っている感じの彼は、歳の差を感じさせずとても気が合った。
彼が言うには、やはり最初からジプシーキングスは無謀とのこと。まずはクラシックギターの初心者でお約束の「禁じられた遊び」から練習してみてはどうかと提案された。
「禁じられた遊びぃいぃぃいぃー!?べたべたじゃん!!!」とは思ったけど、実際に自分で弾いてみると、それなりに感動を覚える。
ジプシーキングスの楽譜はすっかり彼の暇つぶしになってしまったけど、引きこもりの毎日が一層楽しくなった。