~このエッセイは、かれこれ15年ほど前に陽明山を訪れたときのものです。~
台湾は日本同様に温泉が多い。
私が初めて行った温泉といえば、台北から地下鉄で気軽に行ける新北投温泉。
これがとても良かったので、次は違うところへ行きたいなと思っていた。そんな矢先、TOKIOのあるテレビ番組で台湾の温泉に制限時間内に何か所行けるかという企画を観た。
番組の後半で城島リーダーが行った露天風呂がなかなかいい感じで、そこは陽明山という台北からバスで行ける場所だということを知り、次に台湾へ旅行する時にはぜひとも陽明山に行ってみようと考えていた。
数ヵ月後。私と夫はガタガタと揺れながら山道を走るバスの中にいた。台湾のバスは排気ガスがすごくて揺れも激しい。乗り物酔いしやすい私にとっては最悪の環境なのだが、フリスクを何粒も食べてしのぐこと約40分。ようやく陽明山の案内所らしき所に到着した。
多くの観光客はここからハイキングコースに向かうらしい。時計を見るとまだ14時前だ。どうしようか悩んだが、霧雨が降っていたのですぐに温泉に向かうことにした。
印刷してきた温泉の案内を係員に見せると、緑色の大きなバスを指してあれに乗れという。すかさずそのバスの運転手に同じ紙を見せると、うんうんと頷いて、乗りなさいというしぐさを見せた。
そのバスは乗り合いバスとは思えないほど豪華で、座席はリクライニング機能がついている。わりとたくさんの人が乗っていたので、安心して山の景色を楽しむことにした。
20分ほどたっただろうか。運転手がここだよとジェスチャーで教えてくれた。キョロキョロあたりを見回していると、運転手が後ろを指差している。振り返ると看板に「温泉」の文字があり、その下に矢印が書かれていた。なるほど、そちらへ歩いていけばいいのだなと理解し、お礼を言ってバスを降りた。ここで降りたのは私達だけだった。
山の空気は澄んでいて、気持ちいいね~なんて話しながら歩いていたのだが、この時はまだ、これから起こる恐ろしい事件について知る由もなかった・・・。
10分ほど歩くと、何やら黒い物体が2つ見えた。よく見ると野良犬だ。弱ってるように見えたが、目だけはしっかりと私達を捉えている。こんな山道で野良犬の横を通り抜けるなんて嫌だなぁと思いながらも、なるべく気にしているのがばれないように通り過ぎた。幸い彼らは何もしてこなかったので、ほっと一息ついた。
安心したのも束の間、10メートル程先にまた野良犬が3匹いるのが見えた。1匹は怪我をしているらしく、毛の間から赤い血のようなものが見える。自分の心拍数が急激に上がったのを感じてはいたが、怖がっているのがばれたら即やられる!と思い、必死に冷静さを保って通り過ぎた。今回も何事もなかった。
なんだか嫌なところに来てしまったなぁと思った刹那、足を引きずりながら歩いている野良犬が眼視界に入った。その瞬間、夫は無意識に棒を探したらしいが、その野良犬は一瞬距離を近づけてきたものの何も起こらなかった。
私達は別に野良犬ツアーで陽明山に来たわけではない。ただ温泉に入りたいだけなのだが、歩いても歩いても一向にたどり着かない。その時バスを降りてから軽く30分は経過していた。
もう温泉なんていい!帰ろうよ!と夫に泣きついたが、戻るってことは今まで会った野良犬にもう一度会うってことだよと諭された。
夫の言う通りだ。バスを降りた所には確かに温泉の看板があったんだから道を間違えたわけじゃないと自らに言い聞かせ、引き続き歩き続けることにした。
~後編に続く~