旅のエッセイ「台湾・陽明山温泉、野良犬事件(前編)」のつづきです。

バスを降りてから30分、更にそれから30分ほど歩き続けたものの、まだ温泉は見つからない。時おり車の通りはあったので、ヒッチハイクでもしたほうがいいんじゃないかと思うくらい焦り始めていた。
果たして何キロ歩いたのだろうか。だんだん日も暮れ始めてきた。このまま暗くなっても辿り着かなかったらどうしよう・・・。
そんな不安がよぎった時、今までずっと1本道だったのが、Y字に分岐しているのが見えた。左側に「温泉」の文字が!
もうすぐだ!と思った瞬間、Y字の右側の道から7、8匹の野良犬が軽やかな足取りで歩いてきて、私達より一足先に温泉のある左方向へ向かっていくのが見えた。
え・・・・・・?
大きな不安を抱えつつも向かうしかない。左側の道を5分ほど歩いた先に念願の温泉はあった。
施設内へ一歩足を踏み入れると、50年位前の日本にタイムスリップしたような錯覚を覚えた。室内の木材といい照明といい、漂う空気も含めて全てがくたびれている。
散々歩いてたどり着いたにも関わらず、テンションが上がるポイントは何ひとつなかった。
ふと我に返ると受付のおばちゃんがじっと私たちを見ていた。とりあえず入湯料を支払うと、すっかり色褪せたパンフレットをくれた。どうやら館内のお風呂はどれを使用してもいいらしい。ひとまず一番近くの個人風呂と書かれた方へ向かった。
向かったはいいが、お風呂を一目見た私たちは身震いした。まるで収容所のように仕切られたいくつかの空間に、それぞれ浴槽がひとつずつある。ある意味歴史的趣のある空間とも言えるが、とても最近まで人が使っていたような気配を感じることはできなかった。
「やだやだやだやだー!!!」と半泣き状態で逃げるように露天風呂に向かうと、目の前に映ったのは「野良犬温泉」だった。
少し前に私達より先に走っていった野良犬たちが含まれているのかどうかは知る由もないが、軽く10匹以上の野良犬が大集合していた。その多くは気持ち良さそうに寝そべっていたが、中には温泉につかっている犬もいた。
TOKIOのリーダーは本当にこの温泉に入ったのか?テレビでは犬なんて1匹も映ってなかったじゃないか・・・。
これは温泉を楽しむどころではない。一刻も早くここを出ようと再び受付に戻り、タクシーを呼んでくれと訴えた。
「来たばかりで風呂も入らずに不思議な人達ね。」とでも言いたげな顔をしながら「ハイヤーしか呼べないよ。」と言われたが、戻れるならこの際何でもいい!とにかく早く!と叫んだ。
10分くらいでハイヤーが到着。車内でようやく落ち着きを取り戻した私達は、だんだん悔しさと怒り、そして笑いがこみ上げてきた。
これまでも旅先ではいろいろな出来事に遭遇してきたが、今回の野良犬事件もなかなか強烈なものだった。小籠包や足裏マッサージとは一味も二味も違った、台湾の奥深さを知る体験だった。